番外編・・・運河だけじゃない・小樽

小樽は、運河通りに観光施設が集中しています。しかし、街中には歴史ある街・小樽を象徴する建物が溢れています。
小樽は1869(明治2)年に札幌に開拓使が設置されると重要な港湾と位置付けられて、1880(明治13)年に道内で最初の鉄道が手宮と札幌間に開通しました。1889(明治32)年に国際貿易港に指定されて急速に発展した。回漕店、問屋、銀行などが軒を並べ繁栄した。

「小樽市指定歴史的建造物」以外にも、数多くの歴史的な建物が現存しています。その中から、旧光亭(現罐友クラブ)、旧板谷邸(現海宝楼)、そば屋藪半を訪ねました。a0020497_1450732.jpg板谷邸を少し下ったところに数奇屋造りの旧料亭「光亭」小樽店があります。昭和12年に建築された檜造りの重厚な建物です。かって、この料亭を舞台に数多くの政界や財界の有志が夜な夜な芸者をあげ三味線の音と共に盛り上がっていたのでしょう、今でもその雰囲気を醸し出しています。

a0020497_1451114.jpg板谷宮吉は、汽船を元に、日清・日露戦争を経て板谷商船株式会社を設立し、海運業から山林、農場経営と手を伸ばし「板谷王国」と呼ばれるほど成長した。大正15年に運河を見下ろす小高い丘に1,500坪の敷地に130坪の大豪邸を建設し、邸内にはレンガつくりの防空壕も作られています。この度、大掛かりな改装を行い「海宝楼」として一般公開されました。温浴施設をはじめ和食やフレンチの食事処も設けてあります。
a0020497_14511492.jpgそば屋藪半は、現店主が二代目で、昭和29年、先代・小川原昇(おがわら あきら)・豊子夫婦の手によってオープンして、創業50有余年になります。昭和61年二代目店舗は焼失し、石蔵だけが焼け残るという事態に直面致します。再スタートを目指している最中に、小樽市富岡町の回船問屋の豪邸「伍楽園・旧金澤友次郎邸」が残念ながら解体される事となり、所有者の厚意により母屋部分の黒檀や紫檀、樹齢数百年の赤松、濡縁の欅、杉丸太、彫刻欄間、皮付丸太の格天井、手割柾葺の化粧天井、御影石の土台等、母屋部分の部材を移築・再生し、昭和61年8月7日に竣工し、今日に至っています。

[PR]
by masakinono | 2005-11-17 14:54 | Comments(0)
<< 坂川栄治氏「捨てられない手紙の... 遂に本格的、積雪が・・・ >>